このブログは
知る人ぞ知る(知らない人は知らない)K-taiが,
心について日々研究した結果や
あなたの心に向けたメッセージなどを
日々発信するブログです。
誰かの心の癒しになったらいいな。
2020年4月18日土曜日
人の話を聞くということ
僕は,未熟な素人ではありますが,ある所では悩み相談みたいなものをさせていただいていまして。
そこでたくさんの方の悩みや質問,相談をうかがっている中で失敗して学んだこと,成功して学んだこと,思うことがいくつかあります。
まあ,カウンセリングでは結構言われることであり,当たり前に知られていることなのですが,一応ここにも書いておきます。
・アドバイスはしない
これはかなり重要です。
相手の話を聞くときに,アドバイスをしたくなる。
僕なんかその最たるものですね…
「死にたい」って言われたら,「そんなこというな」「もっと明るいことに目を向けてみて下さい」「あなたはもっと自信を持ったほうがいい」・・・
言いたいことはたくさんあります。
でも,何度もそれを繰り返して,気が付いたことは,
アドバイスを聞いている余裕があったら,本人だって苦労はしない
ってことです。
相談している人に共通するのは,
分かってほしい
という感情です。
だから,相手が存分に話すまではアドバイスしないし,存分に話した後でも,相手に余裕があると思うまではアドバイスはしちゃいけないんだ。
そう気が付きました。
「死にたいなんて言わないで,もっと希望を持ってください」「どうせ俺なんかいらないんだ」
「あなたは大事な存在なんですよ」「お前だって味方じゃないんだろう」…
会話にならないんです。
なぜか。
僕が相手の話を聞かないから,相手も聞く耳なんか持てない。
じゃあ代わりに何をするのか。
シンプルです。
聞く
聞く。聞く。聞くだけ。それだけ。
これはある先生から習ったのですが,聞くといっても,ただ聞くのではなく,大げさに相槌をうって,相手の言葉を繰り返す。
なるほど,すごく聞いてもらってる気がするんですね。
相手の完全な味方になる。
私情は捨てる。
相談者がどんだけ悪い人であっても,その人の気持ちに味方する。
この際事実は捨てておく。
つらい,苦しい,悲しい,という気持ちだけがそこに存在するってことか!。
気が付きました。
「つらい」→「つらいね」
「悲しい」→「悲しいね」
「死にたい」→「死にたいよね」
ですね。
ここで僕が気が付いたのは,
「つらい」→「つらいんだね」
はあまりよくないということです。
「~なんだね」という言い回しは,少し突き放したような,他人事のような感覚を生むようです。
「私にはわからないけどそうなんだね」
というニュアンスを含むのでしょうね。
なので,徹底的に相手の気持ちに寄り添って,
「~だよね」「~だね」
と,自分のことのように言う。
そうすると,相手の気持ちは手に取るように伝わってきました。
ああ,いまこの人は胸が引き裂かれるような気持ちなんだな。
ああ,この人は今こんなこと言ってるけど,ほんとはこんなことを思ってるんだろうな…
ああ,この人の心は冷めきってるんだな…
相手の言っていること
ではなく,
相手の言いたいこと,思っていること
が聞こえてきます。
それが真髄だと思います。
相手の気持ちをそのまんま抱きしめてあげる。
それが,人の話を聞くということ
なんですね…
人の心って不思議だ。
まだまだ分からないことはたくさんあります…
※今日も読んでいただいてありがとうございました。
2020年4月5日日曜日
逃げないこと
逃げないこと。
逃げる。
いろんな逃げ方がありますね。
一番わかりやすいのは,
ま,シンプルに逃げる。
避ける。
やめる。
仕事を休む。
不登校。
でも,一番厄介なのは,
逃げることから逃げる
こと。
仕事を休むのが怖いから,このままじゃだめだってわかるけど…
このまま自分をほっといたらダメだってわかるけど…
一見頑張って踏ん張っているように見えて実は,
逃げること自体から逃げている可能性もあります。
それよりかは,堂々と逃げた方がいい。
よく,人の批判とか悪口ばっかいう人っていますよね。
もしかしたら,なにかから逃げてるのかもしれない。
怒りっぽい人。
何かから逃げているのかも。
いつも無理して明るくふるまって,自分を追いつめてしまっている人。
何かが怖いのかな?
もともとは,純粋な動機から始まってるはずなんです。
どこかで間違えてしまった。
自分を休ませる方法,自分を楽しませる方法,自分をがんばらせる,励ます方法を
間違ってしまうと,
自分を追いつめることになる。
そして,逃げたくなる。
そこで素直に逃げて休んでみればいいのに,
逃げて休むことからも逃げて,
それを認めることからも逃げて,
どんどん閉じこもっていく。
ちょうど今コロナが流行ってて,
逃げなきゃやってけない状況になってます。
これを機に,
すこし休むことを練習するのもいいかも。
逃げるのにも勇気がいるし,休むのにも勇気がいるんです。
でも,それからさえも逃げてしまったら何も始まらないから。
いったん止まってみて,落ち着いて。
逃げたっていいんだって自分を認めた瞬間,
それはもう逃げじゃない
ってことです。
※今日も読んでくれてありがとうございました。
2020年3月24日火曜日
受け入れること,赦すこと
人に無性に腹が立つ
人が赦せない
自分が赦せない
罪悪感,後悔の念にさいなまれる
そんな時ってありますよね。
「制御できない」感情や,「無性」に沸き起こる感情は,特に
心が反応している
証拠です。
あなたの心は,あなたが抱えている「傷」を解決してほしがっている。
でもあなたが解決してくれないから,「問題」を起こすことで気づかせようとしている。
だから,「なんか無性に腹立つな…」とか,感情に限らず「昨日から突然胃がいたい」とかでもいいんです。
心のサインを受け取ること。
「人が笑ってるの見るとなんか悲しくなる」みたいな,原因不明の感情は,きっと心のサインです。
そんな時は,
「お前らばか騒ぎしてんじゃねーよ」「むかつくんだよ」
と,相手にかみつきがちだよね。でもそれって,
肝心の自分の心は無視して相手にかみついてる
わけだ。
だから,次からは
「なんか悲しいね。」「自分も楽しみたいよね」「なんで悲しいのかな?」
と,自分に問いかけてみてください。
やっと聞いてくれた
そう言って喜びます。
最初は心を開いてくれないかもしれないけど,
地道に自分と付き合っていくことです。
※今日も読んでくれてありがとうございます。助けになれば幸いです。
2020年3月5日木曜日
自分が嫌いな人へ
自分で自分が嫌いな時
自分で自分が嫌な時
ああ,何で自分ってこうなんだろうって思った時
そのまんまの自分を受け入れてくれる人が必要です。
先ずは自分で,そんな自分を抱きしめてみて,
「それでいいよ」
って,言ってあげて下さい。
お願いです。
もうこれ以上自分を責めないでください。
あなたはそれで充分です。
あなたはそれで充分価値がある存在です。
もうこれ以上何も足さなくてもいい。
もうこれ以上何も引かなくてもいい。
そのままでいいです。
それでいいんです。
いいんです。
いいんです!!!
いいんです!!!
2020年2月23日日曜日
【永久保存版】大切な存在。あなたは愛されているよ。
※カッコに自分のフルネームを入れて、ケータイやPCに保存しといてください。
毎朝声に出して読み上げることを推奨します。気にいったものは何度も読むといいよ♪
「」は、とても大切な存在。
「」は、宝くじの数百万倍の確率を潜り抜けて生まれてきた、生まれながらの逸材。
「」は、世界一愛されている。そう思えなくても絶対に愛されている。
「」は、愛されるために生まれた。
「」がいるから、みんな幸せになれる。
「」は、そこにいるだけでみんなを幸せにする天使。
「」の人生が後世の多くの人を救う。
「」はみんなの憧れ。だって「」だもん。
「」は、「」であるだけで世界一の存在。
みんながみんな、「」を愛し、「」のことが大好きである。
「」は、そこに存在すること自体が最高の功績。
「」は、神の最高傑作。
「」は、高価で尊い。
「」が生まれてきたことが、人類史上最大の幸運。
「」は、世界一愛されている。
あなたは愛されているよ。
ありがとうございました。
2020年2月22日土曜日
定義、公式、前提を壊す
※今日の内容はちょっと深いよ~
人って、何かにつけて定義、前提、公式を作ろうとするとこがある。「私は理解されない人間です」とか、「私は愛されないんです」とか。
僕は、「事実」と「認識」と「対応」をわける、というコトをよくいってるんだけど(それについてはまたいつか詳しい記事を上げますね。)、それはどういうコトかというと、それはつまり
その時に起きた事象を、普遍的なものとして一般化しない
ってこと。難しいね。
たとえば、たまたま誰かに「何をやってもダメだな」って言われたから、その言葉を自分の定義、前提、公式(自分=何をやってもダメな人)として握ってしまう、とか。
これは、
「自分は失敗して叱られた」という「事実」
から
「自分は常に失敗しては叱られる人間」という「認識」
に繋げてるわけだけど、この
「今失敗して叱られた、つまり自分はいっつも失敗する人」
という式を、思いきって捨てること。「今失敗したという事実」と「自分に対する認識」は全く別物であって、結びつけたらおかしくなる。
で、「自分はこういう人間」という、自分に対する認識を心理学では一般的に
「前提」とか「公式」とか「定義」
と呼んでいます。
よく、失敗したりしたときに、「ああ、またやっちゃった、自分っていつもこうだな」とか思うことありません?それね、
実際に失敗をしてるせいで、「自分は失敗をする人間」と思ってしまっている、
というよりは、たぶん
「自分は失敗をする人間」だとおもってるから実際に失敗する
のだ。
つまり、
「自分はこういう人間だ」という「前提」をもっているから、
ということですな。
これをナリさんなんかは【証拠集めの旅】とか呼んでて、まあ素晴らしいネーミングだなとおもうんだけども。
でね、なんでこの「前提に沿った行動」をしてしまうかというと、
なんか人の脳みそっていうのは、悩んだら答えが出るまで考えるらしいねん。
で、多分「なんで自分はこんな失敗ばかりしてしまうんだろう」っていってすごく悩むんだよね。でも、
悩むってつらいじゃん。
で、多分疲れたんだよね、悩むのに。
だから、
もういっそのこと「自分は失敗するように生れついたんだ」って考えた方が楽じゃね?
って気がついて、そこで考えるのを放棄してしまったんだろう。
でも、そこでいったん悩むのをやめた以上、その結論が間違いだっただなんてことになっては困るので、
一生懸命その結論を証明しようとする
んだろうね。うわ~、怖💦
なので、「あ、自分はもしかしたらこういう前提を持ってるんだろうな」
って思ったときは、ぜひ、
「自分は『そういう人』なんじゃなくて、たまたまそうしちゃったんだね」
と、自分に言い聞かせてあげてくださいな。
ありがとうございました。
人って、何かにつけて定義、前提、公式を作ろうとするとこがある。「私は理解されない人間です」とか、「私は愛されないんです」とか。
僕は、「事実」と「認識」と「対応」をわける、というコトをよくいってるんだけど(それについてはまたいつか詳しい記事を上げますね。)、それはどういうコトかというと、それはつまり
その時に起きた事象を、普遍的なものとして一般化しない
ってこと。難しいね。
たとえば、たまたま誰かに「何をやってもダメだな」って言われたから、その言葉を自分の定義、前提、公式(自分=何をやってもダメな人)として握ってしまう、とか。
これは、
「自分は失敗して叱られた」という「事実」
から
「自分は常に失敗しては叱られる人間」という「認識」
に繋げてるわけだけど、この
「今失敗して叱られた、つまり自分はいっつも失敗する人」
という式を、思いきって捨てること。「今失敗したという事実」と「自分に対する認識」は全く別物であって、結びつけたらおかしくなる。
で、「自分はこういう人間」という、自分に対する認識を心理学では一般的に
「セルフイメージ」
と呼びますが、わかりにくいので僕はざっくり「前提」とか「公式」とか「定義」
と呼んでいます。
では、なぜこの「前提」を持つと問題なのか。
よく、失敗したりしたときに、「ああ、またやっちゃった、自分っていつもこうだな」とか思うことありません?それね、
実際に失敗をしてるせいで、「自分は失敗をする人間」と思ってしまっている、
というよりは、たぶん
「自分は失敗をする人間」だとおもってるから実際に失敗する
のだ。
つまり、
「自分はこういう人間だ」という「前提」をもっているから、
その「前提」に沿った行動をおのずから選択してしまう
ということですな。
これをナリさんなんかは【証拠集めの旅】とか呼んでて、まあ素晴らしいネーミングだなとおもうんだけども。
でね、なんでこの「前提に沿った行動」をしてしまうかというと、
なんか人の脳みそっていうのは、悩んだら答えが出るまで考えるらしいねん。
で、多分「なんで自分はこんな失敗ばかりしてしまうんだろう」っていってすごく悩むんだよね。でも、
悩むってつらいじゃん。
で、多分疲れたんだよね、悩むのに。
だから、
もういっそのこと「自分は失敗するように生れついたんだ」って考えた方が楽じゃね?
って気がついて、そこで考えるのを放棄してしまったんだろう。
でも、そこでいったん悩むのをやめた以上、その結論が間違いだっただなんてことになっては困るので、
一生懸命その結論を証明しようとする
んだろうね。うわ~、怖💦
なので、「あ、自分はもしかしたらこういう前提を持ってるんだろうな」
って思ったときは、ぜひ、
「自分は『そういう人』なんじゃなくて、たまたまそうしちゃったんだね」
と、自分に言い聞かせてあげてくださいな。
あと、その前提や公式、定義を壊すための記事をアップしたので、
↓セットで読んでね↓
【永久保存版】大切な存在。あなたは愛されているよ。
2020年2月3日月曜日
もうひとのことは気にしない。と決めること
※今日はタイトルなしではじめます。
二種類の人がいる。「僕は今まで自分を押さえつけて生きてきたんですけど、それをやめて、好きなことを大切にして、やりたくない時はやらない、って決めてみたらすごく楽になりました」っていう人と、「僕は今まで我慢してたんです。それをやめて、やりたくない時はやらない、って決めてみました。今は、誰に何を言われても『僕は怠けてますけど、なにか?』って感じです」っていうひとね。違いは何か。
1番目の人は、自分軸だよね。だから、主語は全部「自分」、目的語も「自分」、他人の評価とか他人の目とか、そういうのはあんまりなくって、純粋に自分の心と向き合えてる気がします。
一方で、2番目の人は、他人の目をいまだに気にしてる。
ってことは、まだ罪悪感があって、それを隠すために「なにか?」って開き直るわけ。
つまり、ホントはまだ自分で自分を許しきれてないよね。
結構いると思うんだ、こういう人。
だから、ナリさんとか仁さんと出会って、
「好きなことをやる、やりたくないことはやらない」
を知って心掛けてる人,身に覚えがあるなら気を付けた方がいいかも。それは,
「もうひとのことは気にしない。と決めること」
やっとタイトル来た~!。笑。
人の目を気にしてたらそれは根本的に代わってないし。 自分の心を守る方向に走ってるしね。 ちなみに僕はそのタイプでした(というか今もです)。
僕の場合は何かにつけて「誰かに責められたらどう言い返そうか」って妄想してる人だったので、人の目はかなりのネックだった(今もそう)。 まあ、「なにか?」には最初から違和感を感じてたので、そこは僕はなかったけどね。
わだかまりがあるままやってると、
ナリさんの言うジュエリーゾーンで止まっちゃうから。
次のステップに続くには,そこに気付けるかどうか、じゃないかな。
でも、焦らなくていいと思うけどね。
ジュエリーゾーンはあくまでステップであって、それが「ダメ」とかそういう訳じゃないから。不完全ではあると思うけど。
でも、自分がまだ罪悪感を感じてることに気が付ければ、きっかけにはなると思う。「あ、まだ先がある」って気が付ける。それがダイヤモンドゾーンへの道だと思います。(僕もそこを目指してる)
ナリさんはこう説明してます。
「やっぱりこれ(自分を大切にすること)はすごく大事すごく大事(〃ω〃) でも、 ここで面白い落とし穴があってね。 自分を大切にするってのは、、
『自分は大切にしないと、壊れそうなくらい脆い存在だから』
って自分に思い込ませることにもなってしまうのよ。
100万円のダイヤモンドの指輪を大切に、宝石箱にしまってる人と。 100万円のダイヤモンドをテキトーに床に置いてる人とで、 どちらがお金持ちっぽいだろう。笑。 テキトーに扱ってる人の方が、、、金持ちだ。 つまり、これが「心のこと」でも同じなのだ。
人から批判された時
ジュエリーゾーンの人は
『自分は大切な存在だから、やり返したり、反論したりします』
ダイヤモンドゾーンの人は
『そんな人にかまってる時間が無駄だから無視します。何度も言ってくるようなら、殺すか、離れる。でやりたいことやる。毎日。』
そんな差がある。」
なるほど~!つまり、「自分を大切にしなきゃ!(=自分は脆くて弱いから)」って思ってる人のことを「ジュエリーゾーン」、「自分を大切にとかはどうでもよくて、其れよりやりたいことあるし」が「ダイヤモンドゾーン」的な感じなのかな?
でも、まだダイヤモンドゾーンに行きつけてない時に無理やり
「おーし、ダイヤモンドゾーンの人は他人の批判を無視するらしいから、気にしないように、気にしないように、」ってやると、本心は気にしてるのに押し殺してるわけで、やっぱり「なにか?」状態になるから、無理はしないでね★
とにかく本音を聞くことからスタートです。
天然でそれが出来てる人はそもそも意識しないでできるから,そこが理想だけど,焦らなくてもいいですね。
2020年1月21日火曜日
信念を捨てる
「信念を捨てる」
生きる上で信念を持つことは、とても大切なことだと思います。
ですが、時にはその信念が自分を、人を、傷つけることもあります。
たとえば、街中でビラを配る人いますよね。
僕は、
「目の前にチラシを差し出されたら人として最低限会釈はすべきだ、無視するなんてひどすぎる」
って思ってました。でも、それって自分自身の首を絞めていたんです。
なぜか。
人に対して「これは絶対ダメ」って思ってることを、
自分にも強要しているから
です。
つまり、
「おい、お前、チラシを差し出す人を無視して通るなんて、絶対ゆるさねーかんな」
って、自分を見張っていたってことです。
そりゃ息苦しいわ。
だって、
許されない選択肢がある時点でそれ自由じゃない
ですよね。
もちろん、やっていいことと悪いことがあります。
でも、これは善悪の話ではなく、自分に対する接し方の話です。
親に、
「嘘ついたりしたらどうなるか分かっているよな?あ?」
って脅されるのと、
「嘘つかれるとお母さんとっても悲しいの。だからやめてくれる?」
って頼まれるのと、どっちが積極的に嘘をつくのをやめたくなりますか?
前者のは完全に強制一択ですよね。
後者は、二択あるうえで、
「お母さんを悲しませたくない」
っていう選択ができます。
つまり、まずは選択肢を開放することです。
じゃないと何が起きるか。
人が許せなくなります。
自分が許せなくなります。
いつも自分を見張っているので、とても息苦しいです。
信念は本来、自分の進むべき道を教える道しるべになるはずです。
ですが、その信念が自分の首を文字通り締めるのです。
とっても、苦しいです。
自分を見張っているので当然人のこともしっかり見張ります。
どんどん顔がこわばっていきます。
もちろん、あなたの信念は正しいのかもしれません。
でも、それはあくまであなたにとっての正しさです。
たとえそれが絶対的な正義と一致していたとしても、他人にまで強制する権利はありませんし、自分やほかの誰かが正義に反する行動を一度でもしたら、それを許せなくなります。
こんな言葉があります。
「本当に大切なことはわずかです。いや、一つです。」
許せないことは少ない方がいいです。
2020年1月12日日曜日
選択肢を広げる
「選択肢を広げる」
自分で選択肢を狭めてるという場合があります。
たとえば、
「誰かに言われたからいやいややる」とか、
「時間がなくて(お金がなくて)自分のやりたいことが出来ない」え、これまさに僕ですね
などの悩みは、
まわりや時間、お金などを理由に自分で選択肢を無くしてる
事があります。
だから、まずは
「周りの言うことなんて気にしないで、嫌なことはしない、好きなことはする(周りを著しく不幸にすること間違いなしのことはやめた方がいいと思うけど、思い切ってやることが大事)」
「ほかのことに使う時間を無理やりにでも削って作る」
「お金はないけどやってみる」という実験をしてみること。
そうすれば、自分で「ない」と思っていた選択肢を復活させることが出来ます。
「やりたいことをする」、「やりたくないことをしない」という選択肢が「無い」状態だと、それが出来ないことをいつまでも根に持つ、それをやってる人のことを許せなくなる、などの様々な弊害が出てきます。だから、まずはその選択肢を復活させる。そして、改めてどちらを選択するか、決めてみる。
これは例外なしに大事だと思います。
仁さんとかナリさんとかもよく言うけど、やはりこの概念はかなり重要で、
今後もちょくちょく扱われるであろうハナシなので、なんとなくでいいんで頭の片隅にでも放り込んでおいてください。
2020年1月5日日曜日
勘違い
「勘違い」
いきなりこんな本題に入っていいのか、っていうくらい、真髄です。
まあ、はっきり言って、この世の中で起きる問題っていうのはほとんどこれで解決できる。
いや、解決というよりも、正体が分かる。
実際のところ、心の問題っていうのは全部
勘違い
から生まれるんだよね。
「自分はどうせ愛されてない」
「自分はどうせ取るに足らない」
「自分の人生なんてどうせ最悪」
どうせ
って、自分の存在価値とか愛されてるとかそういうのを信じ続けるのが辛すぎて、
それを信じられないくらい滅多打ちにされちゃったから
信じないために使う魔法の言葉なんだけど。
どうやら完全に勘違いだったらしい。
勘違いっていうのは、つまり何が言いたいかというと、
愛されてるのに愛されてないと思ってしまったり。
自分の長所をまったく探さずに、数少ない短所にしがみついて「取るに足らない」とか。
いや、こんなこと言ったって信じられないと思うよ?
僕だって最初は信じられなかったもん!
けどね、仁さん(心屋仁之助さん)
の真似して
「自分はどうせ愛されている」
「自分はどうせ素晴らしい人間」
「自分の人生なんてどうせ最高」
っていってたら、なんか信じられるようになってきた気がしてます。
だから、意外とやってみるもんだね。
みなさんもぜひやってみてください。
2020年1月3日金曜日
心理学とは
「心理学とは」
「心理学ってなんですか。」一人の小学生からの質問でした。
心理学とは。
まあ、改めて聞かれると答えられなかったりします。
ある人は、「心理学って、人の性格とかを見抜くやつ?」っていったり、
又ある人は「心理学って人の行動のパターンとかを決めるやつでしょ?」
っていったり。
挙句の果てにはある人は、「あれでしょ、心理学ってあの、ほら、なんていうの、えーっと、あの、…」と説明します(実際には見たことないけどね)。
まあ、それくらい人によっても定義が違うし、様々な種類があります。
なので、僕流に定義をさせてもらうと、
僕(Gala-K)の言う心理学とは、ズバリ、
「自分の心と向き合うこと」
です。
つまり何が言いたいかというと。
たとえば、日常生活で、人間関係のストレスだったりとか、
チョットしたことでイライラするとか。
そういう、心のいわば「誤作動」を見つけ、なぜそうなるかを徹底的に、
もう一度言いますが徹底的に
追求していこう、というかなりオタクな学問です。
ですから、人の行動パターンを読んだり、心を読んだりする「メンタリズム」的なものとはちょっと違う、カウンセリングの勉強ですね。
ですから、人の行動パターンを読んだり、心を読んだりする「メンタリズム」的なものとはちょっと違う、カウンセリングの勉強ですね。
教材は自分自身。研究者も、被研究者も、全部自分自身。
だから、「自分学」という言い方もできます。
だから、「自分学」という言い方もできます。
そしてさらに、僕の場合はほかの心理学と違い、
神様
という概念を頻繁に使います。
なぜなら、僕たちの心を作ったのは神様だからです。
なぜなら、僕たちの心を作ったのは神様だからです。
…まあ、そこについてはおいおい話していきたいと思います。
とにかく、
Gala-K流心理学とは、
「自分自身と徹っっっっ底的に向き合う」
という学問です。
それは、誰かにならってわかることでもなければ、誰かに伝授できるものでもありません。自分自身で研究するしかないし、人によっては必ずしも答えが同じとは限らない、無数の可能性を持った学問です。
ということで、
今日はこれくらいで。
参考までに:
高校生が心理学やったら大変なことに…
「とうとう心理学ブログ始めたでー!」
どうも、クリスチャンの「ホームスクーラー兼歌い手兼心理学野郎」です。
まあ、歌い手としてはGala-Kという名義でやらせてもらっていますが。
このブログは、主に心理学についてのブログとなります。
僕が
田中信生先生、
ナリ心理学さんだとか、
心屋仁之助さんだとか。
そんな心理学の先輩方のセミナーやブログ、書籍などで学んだこと、
そして何より、
聖書を読みながら日々の生活で自分と向き合う中で発見したことを、
自己流でつづっていきます。
いままではTwitterでやってたんですけど、
あそこって140文字しか打てないんで、
やりにくくってしゃーないから、
こっちに一部移動してきましたっす。
これからどうぞ、よろしくお願いします。
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